オタサーの姫になりたいわけじゃなかった

 

かつて私はオタサーの姫だった。


皆が抱くであろうイメージのオタサーの姫とは、姫が従者を何人も連れて「はにゃ~♡姫疲れたにゃ~♡」みたいな姫だろうが、私はそれとは少し違った。

 

従者を連れるだけがオタサーの姫ではない

 まず、彼氏がいた。
とんでもない彼氏である。
奴は所謂DV男だった。
毎日私に「バカ・ブス・クズ」の三拍子を叩き込んできた。
ある時は俺には可愛いと思う女が6人、やりたい女が3人いるなど宣い、ある時はアトラスが出したキャサリンとかいうゲームに影響されて元カノと浮気をしようとしたり…
私を褒めてくれたのはポケモンの乱数調整ができないと彼が発狂していた時、私が頑張って彼の代わりに乱数調整で色違いのクレセリアを出した時ぐらいである。

そんなことをされた私はもちろん病んだ。
そもそも機能不全家族だった私はなんとか精神をギリギリのところで保っている状態だったので、彼と付き合うことにより立派なメンヘラへと進化してしまった。

これこそ乱数調整して彼と出会わない世界線に行きたいものである。

 

オタク達のよく分からない優しさ

 しかし、オタサーのオタク達は自己肯定感がまるでないオタクの私を、不細工な容姿を何故か褒めてくれた。
そして何故か優しくしてくれるのだ。
オタサーの主要メンバーの女は私と、もう1人ガタイのいい女の先輩だった。彼女は我が道を行くというスタンスだったので、女なのにエロゲーなどの美少女コンテンツが好きな私が死ぬほどチヤホヤされるのは明白である。
彼氏がいることははっきり言わなかったが、同じサークルに彼がいたので周りは察していたはずだった。
けれど、カラオケでオールしたとき、眠っていたら上着を掛けてくれ、一緒に地元のおでかけラ〇ブに出かけたら、オタクがよく頭に装備しているネコミミ帽子をプレゼントしてもらえた。
私も彼らに甘えまくった。
彼氏が構ってくれない時、男の先輩の家に泊まったり、思わせぶりなことを死ぬほどした。告白してきたオタクもいた。その度に私は適当にはぐらかした。次の日は何も無かったように接してくれる彼らがいた。
私は彼氏に罵られ、腹パンされ、首を絞められ、リスカをしつつも、オタクからの好意によって精神を保っていた。
チヤホヤされることで自分を肯定して、生きる価値を見出していた。
あの時の私は、完全にオタサーの姫だった。

私はなろうと思った訳ではなかったのに、何故オタサーの姫になってしまったのか。
それは、オタクという種族に共通する『嫌われたくない』『傷つきたくない』という気持ちからである。

 

オタクの本心

 オタサーでの会話の大半は、オタクコンテンツの話である。

オタクのする会話はキャッチボールではない、ドッヂボールだ。なにか話題が振られると、その話題はお題になり、オタク達の大喜利大会が始まる。

オタサーの1日はモンハン、ポケモンをやりながらニコニコ動画を流しオタク大喜利をして終える。オタクコンテンツ以上の話はしない。お互いのプライベートには絶対に踏み込まない。
それは、自分の本当の気持ちや歩んできた人生を否定されたくない、知られることによって嫌われたくないという気持ちからである。
しかし姫である私はそれを曝け出した。オタク達はなにより、嫌われたくないから私の秘事を否定出来ない。優しくする。私もまた嫌われたくないから、オタク達を否定しない。ひたすら優しくする。それが例え自分の意にそぐわないことであってもだ。
そうやって嫌われないよう、傷つかないように回避し続けたコミュニケーションの結果がオタサーの姫である。
彼らは姫をチヤホヤしたくてしている訳では無いのだ。
嫌われたくない、傷つきたくないという自己保身の結果、どう接すればいいのか分からないオタサーの紅一点をチヤホヤしてしまい、オタサーの姫を自ら作り出してしまう。また自己肯定感のないオタサーの女オタクはオタク達に優しくされることに価値を見出し、もっともっと優しくしてもらうために悲劇のヒロインになったり、痛々しいぶりっ子が加速してしまうのではないだろうか。

 

最近のオタサーの実態は分からない。でも…

 最近になって、オタサーの姫という単語をあまり聞かなくなってきたように思う。
それは、オタサーの姫という存在がSNSにより露になり、オタサーの姫がオタクを誑かすクソビッチであり、悪であるとレッテルを貼られてしまったからだろう。
しかし、傷つきたくない、否定されたくない、嫌われたくない。

ガラスのハートを持つオタク達が存在し続ける限り、今も確実にどこかでオタサーの姫たちは存在し続ける。

 

大学を卒業して数年経ったあとに一度だけ学祭に遊びに行ったことがあった。
以前所属していたオタサーに顔を出すと、ボンレスハムと呼ばれている姫がいた。
跪いて足をお嘗め!きゃっ言っちゃった♡」などと宣うとんでもないボンレスハムだった。

しかしそんな彼女も一部の人にはボンレスハムなどと蔑称で呼ばれているものの、彼女の周りは優しいオタク達で溢れていた。

 

オタサーの歴史は幾度となく繰り返される。
オタサーの姫は、オタク達の我が身可愛さから生まれてしまった悲劇の結果なのだ。